外国の大学はなぜ評価されるのか

2011.11.24

知識をベースにした「自分で考える力」。日本の大学が企業に評価されない理由は、大学での勉強が仕事に関係ないと思われている、成績の評価基準が曖昧で参考にならないからだと書きました。では、大学が企業から認められている諸外国ではどうでしょう。よく言われることですが、アメリカでは(中国でも)、大学での勉強は「自分で考える」ことが要求されます。もちろん知識も教え込みます。知識がなければ「考える」ことはできないので、これは当然のことです。

[参考サイト]
小田急多摩センターのアルバイト・バイトを探す【タウンワーク関東】
船橋・津田沼・習志野のアルバイト・バイトを探す【タウンワーク関東】
新浦安のアルバイト・バイトを探す【タウンワーク関東】
石川県のアルバイト・バイトを探す【タウンワーク北陸】
西葛西のアルバイト・バイトを探す【タウンワーク関東】

まず必要な知識を叩き込んだ上で、それをベースに「考える」ことを求めるのです。ですから、アメリカでは学生によく論文を書かせます。また、通常の講義でも、教師側からの一方通行でなく、学生に意見を表明することを求めます。論文を書いたり意見を述べたりするためには、書籍やネットで情報を入手し、それを整理して自分の考えを組み立て、さらに他者に伝わるように工夫しなければなりません。情報を集めるにはどういった方法を採ればいいか、さらに詳しい情報を得るにはどうするか。それらの情報を結びつけて、どんな推論を導き出すか。それについて自分の見解はどうか。それを他者に理解してもらうために、どんな順番で、どんな言葉を使って説明すればいいか。学生はそうしたことを常に考えるわけです。ディスカッションも多く採り入れられます。相手の言っていること、伝えたいことを瞬時に、しかも正確に理解する。それに対する自分の考えをすばやくまとめる。そしてその意見を表明する。こうしたプロセスを繰り返し踏むことで、学生たちには「自分で考える力」が身につくのです。また、それらの論文や意見は、その都度、評価の対象になります。通常の授業の中に、いくつもの評価ポイントが存在するわけです。それは今日の授業かもしれないし、次の授業かもしれない。ですから、学生は一時も気を抜くことができません。継続的に勉強していなければならないのです。対して、日本で評価の対象になるのは、ほとんどの場合、期末の試験のみです。ここで一発勝負をすればいい。しかもその試験には、考える力は反映されない。単なる知識の量であることが多いのです。一般的な日本の講義のしかたでは「考える力」が身につきません。知的トレーニングが充分にできないのです。ですから「大学での勉強は仕事とは関係ない」という誤解がいつまでも解けない。それどころか、その誤解が通用してしまっているのです。